文京区吹上稲荷神社

 

文京区白山神社

 

文京区七倉稲荷神社

 

新宿区西新宿熊野神社 角筈三丁目町会

 

2008

 9月21日(日)

文京区吹上稲荷神社本社神輿 
神輿修復後は、3年に一度の渡御が定着していたが、3年前には渡御しなかった。本日は神社社殿の屋根の葺き替え工事が完了を記念して出したものだ。一番の寄付者は護国寺さんらしい。吹上稲荷神社は護国寺&豊島丘御陵&神社という地形で隣り合わせている。本日は、7時半から神事が始まり、8時少し前に宮出しとなった。宮出しは揃いの黒地で背中に朱色の稲荷紋の入っている半纏で統一され、各町会から選抜されたメンバーだけでのものであった。境内社殿前から担ぎ上げ、一の鳥居、二の鳥居とくぐり、鳥居前の道で少しだけ揉んで、トラックに乗せた。行き先は護国寺で、護国寺内に下ろし、大門前から正面階段まで担いで、そこで降ろし、神事が行われた。その後、そのままトラックに積み、護国寺を出発してすぐ近くの旧家に降ろして、そこから肩を入れて神社二の鳥居前で降ろした。ここまでが宮出し行事だそうだ。9時半ころだった。そこで待機していた町会半纏の担ぎ手が今度は肩を入れ、神社前通りを往復して昼ころには終了する予定と聞いた。

文京区白山神社本社神輿 
5年前の本祭り(台風で中止、その分を3年前に渡御)から5年経ったので、渡御するらしい。今回は春日三丁目町会神酒所で12時半前から神事が行われ、神酒所前の道路に鳶頭だけで神輿を運んで、そこから13時に渡御が開始された。前後するが、5年前に綺麗に大修復されて、今回は左右と前後の胴体にすべて神鏡が下げてあり、かつ瓔珞も全部つけての渡御となった。もともと、左右と後胴は黒地の大丸だけというものだが、今回は神鏡がついているので、胴体が分からない。最初は白山通りに出た所まで撮影した。宮出し時に丁度降雨となり実に撮りにくかった。その後、14時30分過ぎに戻り、神社坂上の旧道に面したブテイックなどがあるマンション風の建物の2階から撮影した。今回はこの場所をメーンに考えていたが、以前と違い、担ぎ手の数が多くないので旧道を溢れるように人が居るという具合にはならなかった。その後に他所に赴き、3度目の舞い戻りで宮入りまで撮影した。16時一寸過ぎに白山前町会近くの坂上(神社から真っ直ぐ)で一旦降ろした。坂の途中には「西片」の半纏を着た担ぎ手が待機し、町会渡しを鳶頭連がヨイトで坂下まで降ろし、そこから神社前大鳥居までの短い距離を最後に「西片」の半纏だけで担いできた。17時少し過ぎだが、そこまでで3本締めが行われ本日の渡御は終了と相成った。暫く待っていると、決まったメンバーだけで肩を入れて社殿前まで運んできて最後の神事が行われた。

文京区七倉稲荷神社本社 
前日の下見に来たときに鳶頭に聞いたら10年ぶりの渡御だそうだ。確かに自分の神輿日記でも1998年9月に撮影している。
神社は地下鉄の根津駅池之端方面出口から2−3分のところである。到着した12時50分では、すでに神社前に駐車場があって、そこに神輿が置いてあり、すぐに鳥居前に神輿を移して13時丁度には渡御が開始された。感触的には過去の撮影よりも今回の方が良く撮れたような気がする。後に16時予定の宮入りを見ようと15時過ぎに到着したら既に終了していた。久々だったので宮出し以外のシーンももう少し撮っておきたかった。

新宿区西新宿熊野神社角筈三丁目町会神輿 
この神輿は大正13年後藤直光作3.3尺の大神輿である。町会の皆さんが長い間大切にしてこられた神輿で、原則は4年に一度オリンピックの年に担がれる。大神輿ゆえに担ぐ人の数も半端ではなく集めるのに苦労されているようだ。特筆すべきは屋根が白木の段葺きだと言うことがあげられる。現在かつがれている神輿の中で、このような形式の白木段葺屋根を私は知らない。胴体は後藤特有の彫刻が素晴らしく台輪は前後が龍の彫り物、左右が虎の彫り物である。角筈三丁目は私の年代なら慣れ親しんだ町名だが、現在は西新宿で西参道交叉点から熊野神社に向かって左側の町会会館に神輿も格納されている。本日は14時に出発し、20時までと聞いた。生憎の降雨の中だったから大変だったろう。途中他の町会と連合になり、前棒二本を両手で首の後ろから支えながら進む熊野神社独特の千鳥担ぎ(正式名は知りません、スミマセン)の担ぎ方も披露された。
(斎藤力・さいとう つとむ)
 

 

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OCT.2008