大田区新田神社

 

大森中・三輪神社本社

 

葛飾区八劔神社本社

葛飾区高砂天祖神社本社

 
 

2008

10月5日(日)

大田区新田神社 
創建650年記念 神幸祭・宮神輿渡御 神社境内に立派な神輿庫が竣工しており、神輿はガラス越しに拝見できる。今日は神社からの宮出しが70年ぶりとかいうことで、昨日は鳥居前のお仮屋に置かれていた神輿が境内中央に置き換えられている。
8時半丁度に鳶頭の木遣り先導で神幸祭行列が先に出発した。すぐに神輿が挙がるのかと思っていたら、やや間をおいて45分に宮出しとなった。境内は関係者、見物人、カメラマンと多士済々で、我々のような者は全員が社殿に正対して一番後に陣取っている。普通は神輿の馬に乗っての手締めで出立するのだが、当社では普通の立ち位置のまま手締めで、挙がって初めて気づいたほどであった。参道が広く長いので、鳥居までの間の撮影は楽であったが木漏れ日を感じるほどで、逆に言えば明暗のコントラストが強いので、写真的には泣かされる状況と言えるだろう。鳥居はヨイトで出し、すぐ肩が入って左に折れたので、鳥居前の撮影はほんの一瞬だった。神社前から東急多摩川線の武蔵新田駅へ抜ける道路を神幸祭行列としてユックリ進む。道路は左右に見物人なので、行列前には進めず、脇道から大回りして何とか前に出ることが出来た。それでも陽の当たり具合がもう一つなので、
道路全体に太陽が当たるところまで待って撮影し、次に向かった。それでももう一つ自分では納得できなかったので、急遽午後にもう一度再訪、撮影することにした。
宮入り予定が14時と聞いていたので13時すぎに到着し、屋根紋のもう一つの神社である氷川神社休憩終了から宮入りまで付いて行った。流石に同僚カメラマン諸氏は現れず、顔見知りの方はお一方だけだった。行列がユックリなこともあって、宮入りは14時半をすぎて神輿が戻ってきた。社殿正面から鳥居をまっすぐに見るのがベストと思ったが諸般の事情で、その位置には立てないので、若干左右に動きながらの撮影であった。思いのほか早くに納めの木が入ってしまった。それでも最後の3本締めのときには境内は立錐の余地もないほどに人で埋めつくされていてビックリした。

大森中・三輪神社本社 
2年に一度の渡御 神社は京浜急行「梅屋敷駅」からの徒歩が一番近い。神事後、10時丁度に宮出しになった。当社神輿は今まで何度となく撮影だけはしているが、一番最初の撮影での1カットを除いて、自分では満足できなかったので、今日は13時の宮入りまでずっとお付き合いすることにした。神輿は4尺には少し足りないが、古風な大神輿で、造作は東京には類例がない神輿のような気がする。胴体の彫刻は煤けているのは、昔火事で庫のスグ近くまで火が回り、神輿は煤けながらも間一髪で類焼を免れたので、胴が煤けていると地元の方に伺った記憶がある。コレだけの大神輿が狭い道をくまなく回るのは見ていても大変だし、担ぎ手も重いだろうナと思ってしまう。休憩所にくると差し上げを行う。最後まで見たのは初めてなので、撮影的にも今までで一番良かったのではないか?

葛飾区八劔神社本社 
JR小岩駅前から奥戸街道を行き、環状7号線が交叉する少し手前にある八劔神社は、大きな鳥居、広い境内の社だが、宮神輿は3年に一回担がれる。
担ぐ場合、渡御されることは少なくて、子供の山車と神輿が還ってくる15時くらいから30分ほど、地元の方々だけで境内中を揉む形で肩が入れられる。だれでも服装自由での担ぎだから、写真的にはもう一つだが、皆さんで楽しんでおられるのが祭りの原点なので
十分に趣旨を反映しているだろう。私が新田神社から到着する15分ほど前には終了していて肩の入った写真は今回は撮れてはいない。

葛飾区高砂天祖神社本社 
隔年に渡御される当社神輿も久々に対面したら、修復後の経過年数で金ぴかが薄れて、程よい金色になってきた。特に夕暮れ時のほんの何分かが一番綺麗なのかもしれない。各休憩所に着くと、草津節に合わせて神輿を左右に振る羽田の神輿のような所作を行い、すぐに差し上げて、また肩に戻すという一連の所作が行われるのも特徴的だ。18時50分ころの宮入りまで初めて見ることが出来た。撮影としては、ストロボ撮影が苦手なので、境内での揉むシーンは上手くは撮れていないだろう。
考えてみれば今日の3社は、すべて宮入りまで拝見したことになる珍しい一日だった。
(斎藤力・さいとう つとむ)

 

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