東京都江東区亀戸9丁目/浅間神社

 



東京都港区三田/御田八幡神社

 

東京都中央区佃/住吉神社宮元町会神輿

 

2009

平成21年 8月2日(日)

東京都江東区亀戸9丁目/浅間神社
(とうきょうとこうとうくかめいど9ちょうめ/せんげんじんじゃ)
近年は4年に一度の本祭りで本社大神輿が出輿する浅間神社は、一番近い鉄道の駅は地下鉄都営新宿線東大島駅で、徒歩10分ほどである。私にとっては8年ぶりのご対面となった。
台輪3.5尺、亀戸香取神社の有名なコンニャク神輿の作りと良く似た神輿である。
早朝の6時50分から社殿前に置かれた神輿への御霊入れ神事が執り行われたが、そんな早い時間にもかかわらず、大勢の子供も含め、大きな境内に立錐の余地もないほどの参加者数でビックリした。7時50分に本社神輿宮出しと聞いていたが、子供山車・神輿に引き続き本社神輿も7時40分には肩が挙がってしまい、境内でひとしきり揉まれた後に大鳥居を出輿していった。とりあえずの撮影はここまでで終了し、次に向かった。
12時半ころ、休憩中の京葉通りを渡った小学校校庭に舞い戻り、ここから15時20分の宮入りまで付き合った。宮入りでは同好会がかわるがわる肩を入れているので、最後までは見ないで、次に向かってしまったが宮出し・宮入りの両方を撮影できた。
神社近辺には新築マンションが林立してしまったが、その住民が氏子に加わり、大変な賑わいになって祭礼を楽しんでいる様子は、東京の良い意味での今後のサンプルだろう。

東京都港区三田/御田八幡神社
(とうきょうとみなとくみた/みたはちまんじんじゃ)
自分の神輿日記を見直したら、当社の本社神輿に肩が入って渡御されるのは、1998年以来で11年ぶりとなる。今年は神社創建1300年というお目出度い年なので、記念大祭として広大な氏子地域を4ブロックまわったことになる。こちらの宮出しには生憎間に合わなかったが、宮出しに参加した写真仲間によれば、宮出し予定8時半が大幅に早まって8時08分には出たそうである。神輿は2.2尺、昭和10年代の行徳神輿だが、本年岡田屋布施で修復し、出来上がったばかりとのことであった。したがって作人札は岡田屋になっている。朝は9時すぎにJR田町駅付近まで撮影に付き合って、一旦移動した。
そう大きな神輿では無いのに、担ぐ人が多く、担ぎ棒が見えないほどだった。
宮入りを見たくて予定17時を、16時半頃から待機し、16時45分くらいに鳥居をくぐってきた神輿を待った。社殿は階段の上にあるので、宮出しは社殿前からヨイトで、階段は差し上げながら降ろしたそうだが、宮入りは鳥居をくぐって階段下まで担ぎ、一旦神輿を降ろした。ここで、手締めが入り、宮入りは終了となったが、階段は手を上げたままで上りきり、階段上で肩を入れて社殿前に運び本当の終了とあいなった。
毎年この時期が祭礼で、本社神輿はトラックで町内巡行しているが、修復後はどのような形に変化するのかしないのかも興味があるところである。

東京都中央区佃/住吉神社宮元町会神輿
(とうきょうとちゅうおうくつくだ/すみよしじんじゃみやもとちょうかいみこし)
今年は今上陛下ご在位20周年、金婚式と慶事のため、住吉神社宮元町会神輿を50年ぶりに佃島から外の月島方面に出して担ぐというのを新聞で承知して、前記両神輿の間に佃島に忍田氏の車に便乗して行ってみた。祭礼は陰なのだが、獅子頭などが飾られ、祭礼の雰囲気が一寸だけ感じられる佃島内の佃小橋脇に神輿が置かれ、神事後11時少し前から神輿に肩が入り、鳶頭の木遣りと高張提灯の先導で宮元神輿が実にユックリした佃の担ぎ方で佃島を出て行った。最初の新佃町会に神輿が渡るころから、生憎の強い降雨となって撮影はお手上げ状態になった。一方で担ぐ側は町会渡しとなってからは、佃の担ぎ方から一変して普通の江戸担ぎになって、月島の商店街に神輿が入っていった。結構晴天を想定して神輿にかける水が各家に用意されていたが、降雨なので殆ど水掛けは見ている限りでは無いようだった。肝心の宮元神輿は伝元人形町末広神社宮神輿といわれる大神輿である。
私はこの神輿の鳳凰がことのほかお気に入りで、鳳凰の顔のところに風卓をぶら下げるためのヒゲ様の止め金具が異常に大きくついている。このヒゲ上の金具がお気に入りなのである。神輿は晒し巻きなので胴体は見ることが出来なかったが、以前に見たときは四方扉で彫金の細工が施された扉だった。
(斎藤力・さいとう つとむ)  

 

 

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