東京都八王子市元本郷町/多賀神社

 



東京都中央区日本橋蛎殻町/銀杏八幡宮
 
 
 

2009

平成21年 8月8日(土)

東京都八王子市元本郷町/多賀神社
(とうきょうとはちおうじしもとほんごうちょう/たがじんじゃ)
八王子祭りに追分町から出輿する千貫神輿として名高い多賀神社神輿だが、私は西暦2000年に撮影して以来ご無沙汰なので、その宮出しに行ってみた。宮出しでは台車に載せ
九町会を神幸行列で廻るので、肩を入れるのは明日日曜日の15時からだ。式典は今日の7時半から始まり8時半に終了、既に台車に載せてある神輿(因みに八王子市の有形文化財)に御霊入れ神事後、9時に社殿前から曳き手によって曳かれていく。御霊入れ前なら胴体を見ることが可能だと思って出かけたが、左右と後は全て巴紋の金属叩き出しで、前のみ彫金の扉だった。神輿の台輪は4.5尺、社殿前の高札によると、明治15年浅草で調整したとある。神幸祭行列はそう長い時間撮るほどでもないので、最初の元本郷町会到着、神事で退散した。しかし、ここの山車がお囃子を演奏しているのは、気分が盛り上がる。
八王子の山車としては大きくはないが、屋根が八ツ棟のように特徴のあるものだった。
神事中雨がパラパラしていたが、幸い宮出しの時は止んでくれた。式典の司会者は「千貫神輿の宮出しを行います」とアナウンスしていた。行列出発前に鳶頭数名での木遣りがはいるのだが、聞いていて気持ちが良かった。
ついで、翌日の8月9日(日)八王子市追分町交叉点からの肩を入れての渡御に行った。15時からとパンフレットには書いてあったが、神輿の出発は15時半だった。
追分町交叉点には横断歩道橋があるが、当然上には乗れない。出発で意外だったのは以前より担ぎ手が少なく感じたことだ。先頭は各町の高張提灯、神官・裃姿の役員の後に神輿が行くという寸法だ。出発地点で少し撮影してから、比較的近くのマンションに行って、管理人さんに了解をもらって非常階段から撮影した。この絵でも人が溢れるようにはならない。その後数カット撮影して早くも終了してしまった。恐らく駅に近づけば近づくほど担ぎ手が増えるだろうが、沿道の観客も増えるだろうし、私には都合の悪いことに、私の撮影の高さに丁度提灯のぶらさがっているヒモが張られてあるので、混雑してくるとこの高さを自分ではクリア出来ない。まあ久々に渡御が見られて良かったというべきだろう。

東京都中央区日本橋蛎殻町/銀杏八幡宮
(とうきょうとちゅうおうくにほんばしかきがらちょう/いちょうはちまんぐう)
安産祈願で著名な水天宮のごく近くの日本橋蛎殻町にある銀杏八幡宮祭礼は3年に一度が大祭で、蛎殻町一丁目南部、北部の2町会があって、その町会神輿が土日とも担がれる。
この辺りの町会は古い地名のままなので、町会範囲もそう広くないから、最後は2町会連合になるようだが、今日は各町会別々に撮影して退散した。神社社殿裏手にあるのが北部町会で12時20分の神輿出発である。神輿は1.8尺と小振りだが、鹿野喜平作の神輿である。担ぎ手の数もマアマアで元気に担がれていた。毎度のことだが、14時半ころに宮入りするらしい。片や神社鳥居前の大通りを渡り2本目の通り左手に南部町会神酒所が設置される。神輿は昭和7年作で17年前に浅子で修復している。町会長あいさつで、神輿は小さいが昭和7年に地元の人が主になって作成したということだった。修復時の台輪裏には金属板に細く文字が彫刻されていて、それによると浅草左エ門町宮松謹作とある。早稲田水稲荷神社神輿などの作人「宮松」とは別人だろう。屋根が小さい割りに胴体の長い台輪2.2尺の神輿だが、私は妙に気に入っていて最初の修復年から殆ど出かけている。今日はお相撲さんも加勢に駆けつけて、13時から担ぎ始め、すぐに神社に宮入りしたところで撮影は終了したが、お囃子車もついた江戸下町の祭りの雰囲気は十分だ。しかし何分にも土曜日で地元住民はもともと少なくなっているので、少し寂しい祭礼だ。
(斎藤力・さいとう つとむ)  

 

 

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